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誤用される「焼畑農業」 ――Twitterの言説を中心に

はじめに

焼畑農業」を誤用した言説が巷に溢れている。

そのような言説は、主に2種類に大別できる。
一つは、焼畑農業を環境破壊的な農法だと誤解した上で、焼畑農業の是非についてや、森林火災など他の環境問題に絡めて論じる言説。
もう一つは、焼畑農業そのものを論じるのではなく、「○○は焼畑農業のように人材を使い潰している」「次から次へと業界を荒らし回る○○は焼畑的だ」など、別の物事について論じる際に、ネガティブな意味合いを含んだ比喩として使用する言説である。

この記事では、様々な言説が飛び交うTwitterを中心に見ていくことで、焼畑農業に関する誤解を解きほぐしながら、主に後者の言説(誤解に基づいた比喩として焼畑農業を使用する言説)を類型化して分析し、ひいてはそのような誤用が生じる要因について地理学的な観点から探ってみたい。


(画像1)エチオピア南西部における焼畑の火入れの様子。佐藤廉也のウェブサイト「アフリカから焼畑を再考する」より引用。


目次






誤解される焼畑農業

そもそも焼畑農業とは何なのか?
一般的には、東南アジアやアフリカ、中南米などの熱帯林で行われる原始的な農法というイメージが定着しているものと思われる。しかしながら、日本やスカンジナビア半島など、温帯から冷帯にかけての地域でも行われており、熱帯に限定された農法という訳ではない。
栽培される作物も多種多様である。高知県椿山ではムギやソバ*1、マレーシア・サラワク州では陸稲*2エチオピア南西部であればタロイモやヤムイモ、モロコシやトウモロコシ*3といったように、地域の特性に適した穀類や根菜などの作物が栽培されている。

まず、Twitterの言説を見ていく前に、焼畑の定義を確認しておこう。
文化人類学者の福井勝義による定義を引用すると、「ある土地の現存植生を伐採・焼却などの方法を用いることによって整地し、作物栽培を短期間おこなった後、放棄し、自然の遷移によってその土地を回復させる休閑期間をへて再度利用する、循環的な農耕*4」である。

この定義をふまえて、焼畑農業に関する誤解としてまず指摘しておきたいのが、焼畑は必ずしも火入れを伴わないという点である。日本語の「焼畑農業」に該当する英語として「shifting cultivation(移動耕作)」が使用されるように、「火入れよりもまず、耕作期間以上に長い休閑期間をとることが不可欠の要素*5」なのである。つまり、福井の定義をふまえるなら、「ある土地の現存植生を伐採・焼却などの方法を用いることによって整地し」の「焼却」の要素が過度に注目される反面、「作物栽培を短期間おこなった後、放棄し、自然の遷移によってその土地を回復させる休閑期間をへて再度利用する」の部分の注目度が低いため、広く誤解が生じていると言えるだろう。
このことについては、エチオピア南西部の森林に居住する人々・マジャンギルの「焼かない焼畑の事例を紹介した、地理学者の佐藤廉也のウェブサイト「アフリカから焼畑を再考する」が非常に参考になるので、詳細はそちらに譲りたい。

また、焼畑が森林火災の主因になっており、ひいては環境破壊を引き起こしているとする見方も、大きな誤解の一つとして挙げられる。
「伝統的な焼畑は環境を破壊しないが、人口増加の結果今日では焼畑は熱帯林破壊の原因となっている」という類の「失楽園物語」的な見方*6も含めると、焼畑農業は環境破壊に繋がっていると考えている人は多いのではないだろうか。

上記のような誤解を避けつつ焼畑農業の実像を(できるだけ簡易に)把握する上で参考になる資料として、Wikipediaの「焼畑農業」のページ(2017年7月29日の版)を紹介しておきたい。

ja.wikipedia.org

Wikipediaということで意外に思われる人もいるかもしれないが、上記のページは、焼畑農業に対して人々が抱きがちな誤解を訂正する構成になっている*7。この記事と併せて一読を薦めたい。

Twitterの「焼畑」誤用言説の類型化

さて、ここからは焼畑農業を誤用した言説を、Twitterのツイートを類型化することで分析していきたい。

Twitterは様々な言説がツイートという短文の形式で示されるSNSであり、人々の言説を探る上で有用である。
そこで、1000リツイート以上されて広く流布したと考えられる、「焼き畑*8」の語句を文中に含むツイートを、Twitterの高度な検索機能を使用して抽出し*9、計量テキスト分析・テキストマイニングに供されるフリーソフト・KH Coderを使用して共起ネットワーク図を作成し、類型化を試みた。

上記の手法により、2012年3月から2023年1月にかけて、26のツイートが抽出された*10
これらのツイートをKH Coderに取り込み、共起ネットワーク図を作成した(図2)。

(図2)「焼畑」の語句を文中に含むツイートの共起ネットワーク図(1000リツイート以上)。


(図2)では、右側の凡例の通り、言及される頻度(Frequency)が高い単語ほど大きく表示されており、繋がりが深い単語同士が結び付けられている*11

上記の手法でツイートを確認すると、「炎上」「奴隷」「リセット」など、あまりポジティブな意味を持たない語句が散見される。
これらの語句を含むツイートは、総じて「焼畑」を誤解に基づいたネガティブなイメージを持つ語句として用いていた。

以下では、各タイプの代表例であると判断したツイートを取り上げ、論じていく。
なお、以下のツイートはあくまで「焼畑」の取り上げ方に誤りが含まれるだけであり、内容そのものの是非について論じる訳ではないことを明言しておく。

タイプⅠ: 誤解に基づいたネガティブなイメージの比喩

タイプⅠ-1: 人材を使い潰す比喩


最も目につくのは、恐らくこのタイプのツイートだろう。「次々と人材を使い潰す、そのような行為を繰り返す」比喩として焼畑農業が用いられている。

タイプⅠ-2: 業界を荒らし回る比喩


このタイプのツイートも多く見受けられる。「後先のことを考えずに業界を荒らし回る」比喩として焼畑農業が使用されている。
なお、Wikipediaにも「焼畑商業」と名の付くページがあることから、この誤解は相当根深いものであると察せられる*12
ja.wikipedia.org

タイプⅠ-3: 人々がコンテンツをことごとく消費する比喩


このタイプのツイートでは「大勢の人々があるコンテンツをことごとく消費する、そのような行為を次々と繰り返す」比喩として焼畑農業が取り入れられている。
なお、この比喩は、村上春樹のエッセイ集『やがて哀しき外国語』の一編「大学村スノビズムの興亡」で提唱されている概念「文化的焼き畑」に相通じるものがある。『やがて哀しき外国語』に収録されているエッセイは1992年から1993年にかけて執筆されているため、インターネットの普及以前から焼畑に負のイメージがまとわりついていたことを示す好例と言えるだろう。

タイプⅠ-4: 人間関係をリセットする比喩


このタイプのツイートでは、「築き上げた人間関係を清算して新たな人間関係を構築する、そのような行為を繰り返す」比喩として焼畑農業が用いられている。

タイプⅡ: 焼畑を環境破壊に結び付ける言説


「はじめに」で述べた通り、焼畑を比喩的に扱うのではなく、環境破壊の文脈で誤解に基づいて取り上げるタイプのツイートも散見される。
上記の上野動物園の公式アカウントでは、焼畑農業により生息地が減少してオカピの数が減っているとツイートされており、「焼畑農業による森林破壊」が暗黙の前提となってしまっている。

小括: 焼畑比喩の問題点

これまで概観してきたツイートでは、タイプⅠ(焼畑農業を比喩として使用するパターン)でも、タイプⅡ(焼畑農業そのものに言及するパターン)でも、焼畑農業がネガティブに誤用されていた。
このうちタイプⅠの言説に焦点を絞って、焼畑比喩の何が問題なのか考察してみよう。

一つは、「焼畑」は価値中立的・ニュートラルな言葉であるにもかかわらず、比喩的言説によってネガティブな誤解が再生産されてしまう点が挙げられる。比喩の使用によって焼畑に対するイメージが悪化してしまうのである。

また、比喩そのものが持つ問題点として、比喩が含意するニュアンスの多義性が挙げられる。
タイプⅠ-1~Ⅰ-4の言説は、焼畑を「収奪、破壊、乱開発」等の意味合いを持つ用語として扱うという大まかな傾向は共通しているものの、例えようとする内容には相違が見られる。人によって焼畑に対するイメージが異なっているが故に、比喩が示す内容が揺らいでいる。
極端な例を持ち出すと、「○○はまるで『焼畑的』だ」という言説があれば、誤解に基づいた「収奪、破壊、乱開発」のニュアンスで捉える人もいれば、焼畑の実像に基づいた「循環的、効率的」な意味に則って理解する人もいるかもしれない。物事の説明や描写に効果的に使用されるはずの比喩が、共通理解の妨げとなってしまうのである。

コミュニケーションには誤解・誤読が付き物であり、それが醍醐味でもあるが、安易に使用される比喩のせいで語句そのもののイメージが悪化するだけでなく、正確な理解の妨げになってしまうのであれば、そのような誤用は避けた方が好ましいように思われる。

焼畑」誤用が生じる要因

これまで、焼畑農業を誤用した言説を概観してきた。
ではそもそも何故、誤解に基づいた言説が蔓延っているのか? その要因について掘り下げてみよう。

要因Ⅰ: 公的機関・マスメディアを介したネガティブな世論の形成

焼畑に関する誤解を補強してきた一因は、1980年代以降に熱帯林破壊の問題が国際的に注目されるようになる中で焼畑と環境破壊を結び付ける見解を示してきた、国際機関やマスメディアが挙げられる。

1992 年にリオデジャネイロで開催された地球サミット*13や、2002年に掲載・放送された大手石油会社の広告*14では、焼畑が熱帯林破壊の原因であるという誤ったメッセージが流布されるきっかけになった。

また、海外で発生した森林破壊や火災などの原因を焼畑としたニュース記事を見かけることがあるが、プランテーションや牧場造成のための開墾を焼畑と混同して報じられているケースが多い。
一例を挙げると、アマゾンの森林火災を取り上げたAFP通信の日本語版サイトのニュース記事では、当初「焼き畑で事態悪化か」という見出しと、焼畑が森林火災を悪化させているという内容で報道されていたが、後日、ある研究者の指摘により、森林火災が悪化する原因を「土地の伐開(雑木や雑草を除去すること)」とする内容に訂正されたことがある*15

要因Ⅱ: 学校における地理教育の影響

大半の日本人が焼畑について初めて接する機会は、学校の地理の授業かもしれない。
それだけに地理教育の重要性は極めて高いが、残念ながら教科書の焼畑記述には錯誤が少なくない。

2011年当時高校で使用されていた地理教科書の焼畑に関する記述を全てチェックした佐藤によると、メディアや教科書に見られる誤りや偏見は大きく4パターンに分けられる*16
①常畑耕地造成のための火入れ地拵えを焼畑と混同する誤り
焼畑を「原始的農耕」と記述する誤り
③熱帯林減少の主因が焼畑であるとする誤り
④伝統的な焼畑は持続的だが、人口増加に伴って休閑期間が短縮され、結果として土地の不毛化を引き起こすという根拠のない「失楽園物語」

このうち、②~④の誤りが現在の高校教科書に見られる誤りである。
④については「誤りと言えないのでは?」と考える人もいるかもしれない。しかしながら、ボルネオやラオス北部、ペルーで行われた複数の調査によると、休閑期間と収量との間に関係は見られず、休閑期間が長くなるにつれて土壌養分やバイオマス蓄積量が回復するという見方に疑問が投げかけられている*17。「市場経済化による商品作物栽培はむしろ焼畑から永年耕作への転換を促進し、移住民の農業も多くは焼畑ではなく永年耕作である*18」ことを鑑みると、自然と調和した焼畑から環境破壊的な焼畑へというストーリーは、十分な根拠に基づかない「失楽園物語」と見なせる。

小括: 「焼く」という言葉の強さ

焼畑に対して誤解が生じてしまう主な要因として、公的機関やマスメディアの言説、学校の地理教育について概観してきたが、より根本的な問題として「焼く」という言葉の持つ強さが考えられる。
「焼く」という言葉から「炎上」や「破壊」のイメージが想起され、焼畑に対してネガティブな印象が掻き立てられていく。
そこからさらにマイナスな意味合いを持つ比喩として誤用されるという、負のスパイラルが生じるのである。「焼畑」という字義に囚われてしまうことの弊害だと言えるだろう。
また、森林保護こそ正義であり、その対角に位置する(ように感じられる)焼畑は更生されるべき農法という偏見も、誤解の根底にあるのかもしれない*19

おわりに

この記事では、焼畑農業の基本的な説明から、Twitterを事例とした誤った言説、そしてそのような言説が広まる要因について探ってきた。
焼畑に対する誤ったイメージの払拭は一筋縄ではいかないかもしれないが、この記事がその一助になれば幸いである。



参考文献

○米家泰作 2011. 近代林学と焼畑焼畑像の否定的構築をめぐって―. 佐藤洋一郎 監修、原田信男・鞍田崇 編 『焼畑環境学―いま焼畑とは』 168-190. 思文閣出版.
○佐藤廉也 2011. アフリカから焼畑を再考する. 佐藤洋一郎 監修、原田信男・鞍田崇 編 『焼畑環境学―いま焼畑とは』 427-455. 思文閣出版.
佐藤廉也 2016. 高校地理教科書における焼畑記述―誤解の拡散とその背景―. 待兼山論叢. 日本学篇 50: 1-20.
佐藤廉也 2019. 改善されない高校地理教科書の焼畑に関する誤記述. 2019年度日本地理学会春季学術大会発表要旨集.
佐藤廉也 2021. 英語圏における焼畑研究の動向に関するノート―2014-2021年の論文を中心に―. 待兼山論叢. 日本学篇 55: 1-18.
祖田亮次 2009. マレーシア・サラワク州における環境改変と「環境問題」. 史林 92(1): 130-160.
福井勝義 1983. 焼畑農耕の普遍性と進化―民俗生態学的視点から―. 大林太良ほか 編 『山民と海民―非平地民の生活と伝承―』 235-274. 小学館.
横山智 2013. 生業としての伝統的焼畑の価値―ラオス北部山地における空間利用の連続性―. ヒマラヤ学誌 14: 242-254.



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*1:福井(1983: 240)。

*2:祖田(2009)。

*3:佐藤(2011: 428)。

*4:福井(1983: 239)は、民族学者・地理学者の佐々木高明の焼畑定義を再検討する文脈で、より普遍的で誤解が生じにくい定義を試みた。

*5:佐藤(2011: 428)より引用。なお佐藤(2011)の論考は、一部の図表・写真を除いて佐藤廉也のウェブサイト「アフリカから焼畑を再考する」に掲載されている。

*6:佐藤(2016)。

*7:この構成については、ある編集者が2017年7月にページ内容を修正した影響が大きい。なお、2023年4月に、別の編集者によってWikipediaの内容が大幅に書き換えられてしまったため、それ以前の版を掲載した。

*8:「焼き畑」でTwitter検索すると「焼畑」を含むツイートはヒットするが、その逆は成立しないため、「焼き畑」で検索を行った。また、「農業」の語句を除いて検索することで、より多くのツイートのヒットを図った。

*9:Twitterの高度な検索機能は、実際には不完全であり、1000リツイート以上されているツイートを検索しても、該当するはずのツイートが抜け落ちてしまっていた。そのため、100リツイート以上されているツイートを一旦検索して対象を幅広く取った上で、その中から1000リツイート以上されているツイートを人力で抽出した。R や Python で抽出できれば最適だったが、筆者の技量が不足していたため断念した。なお、検索は2023年1月に行ったため、2023年7月以降に発生したとされるTwitterの不具合の影響を受けていない。

*10:botによる重複ツイートは除いている。

*11:共起ネットワーク図では、一部の単語(「ガンダム」「ブックオフ」)が分裂して表示されているが、今回の分析には支障がないため、強制抽出などの前処理は実施していない。

*12:Wikipediaの「焼畑商業」のページは日本語版のみ存在する(2023年7月現在)。

*13:横山(2013)。

*14:米家(2011: 168)。

*15:Twitterの仕様上、文面を後から修正できないため、ニュース記事を掲載するツイートは当初の見出しのままの文面になっている。

*16:佐藤(2019)。

*17:佐藤(2021)。

*18:佐藤(2016)。

*19:米家(2011: 169)。