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久川凪「14平米にスーベニア」をひたすら愛でるための3要素 ―― 歌唱、サウンド、歌詞について

はじめに

アイドルマスター シンデレラガールズ」に登場するアイドル、久川凪(CV: 立花日菜)が歌唱する「14平米にスーベニア」という楽曲がある。
この楽曲に出会ったのは、動画サイトでデレステMV*1を巡回していた時だった。

自分はソシャゲを全くしないので、久川凪というキャラクターについて知っていることは、久川颯(CV: 長江里加)という双子の妹がいて、二人で「O-Ku-Ri-Mo-No Sunday!」という楽曲*2をデュエットしていることくらいなのだが、「14平米にスーベニア」が放つ魅力にすっかり取り込まれてしまった。

このブログ記事では、「14平米にスーベニア」は何故魅力的なのか、歌唱、サウンド、歌詞の3要素を掘り下げることで探っていきたい。


(画像1)「14平米にスーベニア」ジャケット。「14平米にスーベニア | THE IDOLM@STER STARLIGHT STAGE -MUSIC INFORMATION SITE- | 日本コロムビア」から引用。


目次



歌唱

久川凪は、この記事で中心に取り上げる「14平米にスーベニア」然り、先述した久川颯とのデュエット曲「O-Ku-Ri-Mo-No Sunday!」然り、感情をあまり前面に出さずに、平坦に歌い上げる。しかしながら、フラットな歌唱の中に時折感情を覗かせる場面がある。感情は揺らぎとして声の抑揚や吐息の使い方として表出して、そのギャップに視聴者は惹かれてしまうのである。


www.youtube.com
(動画1)「14平米にスーベニア」の視聴動画(1番のみのショートバージョン)。日本コロムビア公式YouTubeチャンネルから。


早速楽曲を聴いてみよう(動画1)。
まずは、開始9秒目の第一声「いえーい」。普通であれば盛り上がる発声の「イエーイ」が、久川凪を介せばテンションが全然上がらないダウナーな表現に様変わりしてしまっている。
だが、「いえーい」から心機一転、Aメロが始まる直前の「スタートです」の掛け声は、微かに嬉しそうなニュアンスが伝わってくる。
イントロのわずか24秒間で、視聴者は感情のアップダウンが激しいジェットコースターに搭乗する羽目になる。

Aメロが開始した後も、感情が揺さぶられる表現が続く。
そこで、かんそう(id:ikdhkr)氏のブログ記事*3に倣い、1番の歌唱で気になった箇所をひたすら列挙してみよう。

・「歩こう 歩こう I'm fine, thank you.」の「キュー」
・「いいハコ作ろう 新生活」の「かつ」
・「上京 初の単独行動」の「たん」
・「思うママ 最高なイマ 自分ナイズ」の「イマ」
・「お手元のカメラで 街角スナップ」の「プ」
・「ライティングOK」の「おっ」
・「お土産に写真 飾ろう」の「う」
・「笑っちゃうだろうな」の「わ」
・「だから詰めこめますね」の「だ」と「す」
・「愛すべき夢と現実」の「つ」

分かりやすいのは「街角スナップ」の「プ」だろう。語句をゆっくりと区切って発声することで「プ」が強調されており、カメラのシャッターを押して写真を撮影する表現とシンクロさせており、ひいては視聴者へのアピールポイントになっている。ともすればあざとく受け取られかねないパフォーマンスだが、程よい塩梅に留めている。

そして、久川凪の歌唱の特徴として挙げておきたいのが、吐息の使い方だ。
一例として、サビの「笑っちゃうだろうな」を取り上げてみよう。この「わ」の発声をしっかりじっくりじっとり聴いてみて欲しい。前段の歌詞「笑ってしまうな」を受けて自然と込み上げてくる可笑しさを含んだ感情が、吐息交じりの「わ」として表現されることで、温もりが感じられるのである。

「14平米にスーベニア」は、久川凪、ひいては中の人(声優)の立花日菜の表現力を存分に詰め込んだ楽曲と言えるだろう。


サウンド

「14平米にスーベニア」の作曲・編曲を担当しているのは、emon(Tes.)*4
この名前を見て、ピンとくる人もいるのではないだろうか。
巡音ルカの温かみのある声で紡ぎ出される「Heart Beats」「ハローハロー」や、鏡音リンの溌溂とした声とマッチする「ジュリエッタとロミヲ」「shake it!」など、数々のVOCALOID楽曲を世に送り出してきたボカロPだ。

個人的な話になるが、2009年から2012年頃まで熱心なボカロリスナー(俗に言うボカロ厨)だった身としては、「14平米にスーベニア」の作編曲者がemon(Tes.)であると知り、なるほどと腑に落ちた。

(動画2)「Heart Beats」の動画。

代表曲の「Heart Beats」を聴いてみよう(動画2)。
耳障りの良い電子音を基調としたテクノポップサウンドと、存在感のあるベース音。
間奏の「U Wow…」やサビの「lala」など、絶妙なタイミングで挟まれる、耳に残るフレーズのコーラス。
音楽理論に基づいた説明が出来ないのがもどかしいが、「14平米にスーベニア」に相通じる構造と要素が聴き取れるのではないだろうか。


「14平米にスーベニア」や「Heart Beats」のサウンドが気に入った人は、下記のマイリストから他のボカロ楽曲も聴いてみて欲しい(個人的なおすすめは、静けさと心地良さが調和した「ハローハロー」)。
www.nicovideo.jp


歌詞

「14平米にスーベニア」の作詞を担当しているのは、八城雄太。
島村卯月(CV: 大橋彩香)「S(mile)ING!」、渋谷凛(CV: 福原綾香)「Never say never*5」、本田未央(CV: 原紗友里)「ミツボシ☆☆★」を始めとしたデレマス楽曲の作詞を数多く手掛けており、その実力は本作でも遺憾なく発揮されている。


歌詞全体を眺めてみると、上京に伴い「14平米*6」の新居を見つけ、新たな街を住みこなしていく心情が歌い上げられている。
街角で出会った猫のあくびの写真を撮る、都会のカレー屋に舌鼓を打つ、おとぼけフェイスな猫クッションを部屋に飾るといった、さりげない日常を積み重ねて徐々に「自分ナイズ」されていく街と部屋への慈しみ*7が、4分16秒に凝縮されている。

自分は久川凪というキャラクターについてほとんど知らないため、歌詞をどうしても一少女の上京物語として解釈してしまいがちになるが、当然ながら下記のブログ記事のように凪のキャラクター性に絡めて解釈することも可能である。
kotonari1132.hatenablog.com
当該記事によれば、さすがに14歳の凪が単身で賃貸契約して一人暮らしする訳ではないという点に歌詞との相違は見られるものの、凪が双子の妹の颯と一緒に上京してアイドルデビューするが、いつも一緒だった妹から独り立ちして寮での一人暮らしを始めるという境遇は重なるという。
個人的には、キャラクターとピッタリ重なるようで少しだけずれている、歌詞の内容の絶妙なオーバーラップ加減が、「14平米にスーベニア」という楽曲をさらに奥深くしているように思われる。


また、一少女の上京物語としての楽曲全体の雰囲気を崩さずに、随所に遊び心を忍ばせる構成も心憎い。
1番Aメロの冒頭「歩こう 歩こう I'm fine, thank you.」は、まさに国民的アニメ映画の劇中歌を彷彿とさせる。
同じく1番Aメロの歌詞「いいハコ作ろう新生活」は、鎌倉幕府の成立年(1185年)の語呂合わせ*8と重ねている。
楽曲タイトルの「スーベニア(土産物)」や、2番サビの歌詞「思い出重ねてSunday」は、否応なしに前作「O-Ku-Ri-Mo-No Sunday!」を連想させる。

マクロ、ミクロ、どちらの視点で解釈しても破綻せず一つのコスモスとして調和している点に、「14平米にスーベニア」の魅力が表れていると言えるだろう。
八城雄太の歌詞は他の楽曲でも魅力に溢れているので、気になった人は是非聴いてみて欲しい(個人的なおすすめは、可愛さを追究する女の子の心境を巧みに表現した「Kawaii make MY day!*9」)。


おわりに

以上、「14平米にスーベニア」の魅力について、歌唱、サウンド、歌詞の3要素を取り上げることで語ってみた。
本記事が「14平米にスーベニア」の魅力を広める一助になれば幸いである。



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*1:リズムゲームアイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ」で、3DCGのアイドル達がライブする映像のこと。

*2:「O-Ku-Ri-Mo-No Sunday!」もデレステMVをきっかけに知った。この楽曲も、畳み掛けるように繰り広げられる二人の掛け合いや、ラジオ番組のお悩み相談を起点にした構成(ポルノグラフィティミュージック・アワー」を彷彿とさせる)など、色々と掘り下げ甲斐があり聴き応えがある。感情を乗せて明朗に歌い上げる「動」の颯と、対照的な「静」の凪の組み合わせが、一つの楽曲として結実している。 www.youtube.com (動画3)「O-Ku-Ri-Mo-No Sunday!」の視聴動画(1番のみのショートバージョン)。日本コロムビア公式YouTubeチャンネルから。

*3:「THE FIRST TAKE」で「サウダージ」を歌ったポルノグラフィティに関するブログ記事。岡野昭仁のヴォイスを丹念に掘り下げた感想は圧巻の一言。 www.kansou-blog.jp

*4:正確には、テクノポップユニット「Tes.」の一人がemonなのだが、この記事ではemon(Tes.)の表記で統一する。詳細は下記のニコニコ大百科のページを参照。 dic.nicovideo.jp

*5:作曲を手掛けた遠山明孝との共作。

*6:14㎡は約4.23坪、約9.68畳(アパートなどに採用されることが多い団地間で換算)。

*7:一種の「トポフィリア(場所愛)」と見なせる。トポフィリアとポピュラー音楽の関係性については、ASKAの楽曲「東京」を事例に、下記の記事で具体的に取り上げている。 tabunsakatsu.hatenablog.com

*8:「いい国作ろう(1192年)」から「いい箱作ろう(1185年)」への移行期に義務教育を受けた身としては、14歳の久川凪は鎌倉幕府の成立年の覚え方が1185年に完全に移行した世代なのだと感慨にふけってしまう。なお、1185年は源頼朝が朝廷から守護・地頭の設置を認められた年、1192年は頼朝が征夷大将軍に任命された年であるが、本記事はいずれの成立年にも与しない。

*9:Kawaii make MY day!」における秀逸なフレーズとして「オシャレをしたから会いたいな」の一節を挙げておきたい。「会いたい」という明確な目的のために「オシャレ」をするのではなく、「オシャレ」という行為によって「会いたい」気持ちが顕在化する機構(乙女心)が端的に言い表されており、惚れ惚れとしてしまう。