たぶん大丈夫なブログ

ちょっとした考察や雑感を述べていきます。

ASKA「東京」で歌われるトポフィリア ――「第二の故郷」のイメージ

2018年11月、シンフォニックコンサートツアーという形でライブ活動を再開したASKA
前年の2017年にはアルバムを2枚リリース。その最初のアルバム「Too Many People」に収録されている「東京」という楽曲を取り上げることで、ASKAは「第二の故郷」としての東京のイメージをどのように歌ったのかについて論じてみたい。


(写真1)ASKA「Too Many People」のアルバムジャケット
写真はAmazonより引用。


目次





ASKAの略歴と楽曲「東京」の紹介

楽曲「東京」を紹介する前に、ASKAのざっくりとした来歴と共に、彼が生活していた場所について辿っておこう。

ASKAは幼少期を福岡県で過ごし、中学生・高校生時代の一時期は北海道に転居。後に福岡に戻り、大学在籍中に「チャゲ&飛鳥」としてデビューするも、東京に拠点を移すのは大学卒業後のことだった。以降は東京で30年以上に渡って生活している。レコーディングの関係でロンドンに滞在することはあれど、基本的には東京暮らしと見なして良いだろう。

ASKAと言うと、デビュー期の演歌フォークと形容されたような一連の楽曲(「ひとり咲き」「万里の河」「男と女」など)や、1990年代前半のトレンディドラマ全盛期のゴージャスでバブリーな印象がある楽曲(「SAY YES」「YAH YAH YAH」など)と結びついたイメージが、世間一般としては強いかもしれない。だが、1990年代後半や2000年代に入ってもなお活動を続けており、80年代から90年代にかけての一時期と比べて活動ペースは落ち込んでいたとはいえ、世に名曲を送り出していた。薬物使用による2014年の逮捕・執行猶予判決という時期を経て、2016年に活動を再開し、以降は楽曲を精力的に発表している。2017年1月にはアルバム「Too Many People」をリリース。その中でもファン人気が高い*1のが、この「東京」という楽曲だ。


「百聞は一見に如かず」ならぬ「百見は一聴に如かず」。どのような楽曲なのか、YouTubeの公式MVより紹介したい。

www.youtube.com


イントロの多幸感溢れる鐘の音や、サビで突き抜ける高音の歌声、「LOVE SONG」を彷彿とさせるようなポップなサウンドなど気になる要素は多いが、この記事ではそちらに関しては深く立ち入らないで歌詞の内容に着目したい。

「東京」という楽曲の中で触れられている内容は、それぞれ密接に関わり合っているものの、いくつかの要素に分解して解釈することができる。以下にその一例を示してみよう。

ASKAのかつての恋人
・東京という街の情景描写
・「第二の故郷」と化した東京に対するイメージ

上の要素から下の要素になるにつれて、具体的な出来事・物事から舞台背景・観念的なものへと移っていく。「ASKAのかつての恋人」については既に他のブログで考察がなされている*2ので、今回は下の2つの要素を中心にして掘り下げていきたい。
なお、著作権法の関係で全ての歌詞を掲載することはできないので、上に載せたYouTubeの公式動画や歌詞掲載サイトを適宜参照していただきたい。



東京・目黒区は「坂」のある街

東京には坂道が多い。Wikipediaに「東京都の坂」というカテゴリー記事が作成されるほどである。近年はNHKの番組「ブラタモリ」や、地形・地図や街歩きを特集した書籍などの影響で、東京の「坂」に注目する人も増えているかもしれない。

楽曲「東京」にも冒頭の歌詞に「坂」が登場する。

テントウムシみたいな形の車が あの坂道をよっこらしょと登る

一概に東京と言っても広いが、歌詞に登場した「あの坂道」は一体どこにあるのだろうか?

先に答えを言ってしまうと、目黒区の辺りであろうと思われる。根拠となるのは、かつての恋人と共に過ごしていた1980年代中頃のASKAは中目黒に住んでいたというライブ中での本人の発言だ*3
また、2016年の再逮捕時に報道が過熱してASKAの旧自宅にマスコミが押し掛ける騒動があったが、あの場所も目黒区内に位置している。

いずれにしても、楽曲「東京」の歌詞にはASKAが東京に引っ越してきて以来、長い間住み続けてきた目黒区の情景が反映されていると仮定して話を進めていきたい。


目黒区の坂を見ていく前に、東京の地形について概観しておこう(図1)。このデジタル標高地形図では、標高が高い場所は暖色系(赤)、低い場所は寒色系(青)で塗り分けされている。東京都区部は「西高東低」の地形であることが読み取れる。


(図1)デジタル標高地形図「東京都区部
地図は国土地理院のウェブサイトより引用・加工した。

地図内に黒枠で囲んだ場所が目黒区の東部、とりわけ中目黒の辺りだ。目黒川を挟むようにして(黄色の)丘陵地帯、その間には細長い谷(黄緑色)が形成されている様子が読み取れる。谷間と丘陵地帯の境界を跨ぐようにして造成された道路が「坂道」というわけだ。

さて、2018年11月に東京・目黒区を訪れた際に撮影した写真を紹介することで、「東京」の情景描写を再現してみたい。


(写真2)目黒区内のとある坂道
2018年11月に撮影。

目黒区内のとある坂道を撮影したのが(写真2)だ。この場所は中目黒というよりは、(実は品川区に位置する)目黒駅の方に近いのだが、参考画像として見ていただきたい。
坂道を観察してみると、「15%」の傾斜だと表示している道路標識がある。アスファルト舗装ではなく、ドーナツ型の窪みを伴ったコンクリート舗装*4であることからも、この坂道の急勾配具合が窺えるのではないだろうか。
歌詞に登場する「テントウムシみたいな形の車」も、この坂道のような急勾配を「よっこらしょと」登ったのかもしれない。


(写真3)目黒川に架かる橋から見た景色
2018年11月に撮影。

目黒川の上に架かる橋から、南方面を向いて撮影したのが(写真3)だ。
写真の奥の方には「高いマストのように立ち並んだビル(「東京」より引用)」が見える。

撮影した時季が秋だったので(写真3)を見ると若干寂しい印象を受けるが、春になると両岸の桜が開花して美しい光景が広がる。
この目黒川の景色に関連して、ASKAのかつての恋愛が歌われた「君の好きだった歌」という楽曲についても少しだけ取り上げたい。この楽曲にも「坂道」が登場しており、「桜並木の間を 流れた上水道」という一節がある。正確には目黒川は上水道ではないが、この一節の情景と(写真3)の景色は似通っている。「君の好きだった歌」で歌われている舞台も「東京」と重なっているのかもしれない。


なお、目黒区のウェブサイトには「目黒区の坂」と題したページがあり、数々の坂道の由来や変遷過程について掲載している。このサイトを見ながら「東京」を聴いてみるのも一興かもしれない。



地方出身の若者の上京物語

もう故郷で過ごした日々よりも 長い時間をずっと共にしてる
僕の住む街さ 抜け道も知ったさ

今回の記事で最も取り上げたかった歌詞が上の一節だ。
上京後に経過した時間が故郷の福岡で過ごした時間よりも長くなり、いつの間にか東京が「第二の故郷」となった心境が巧みに表現されている。

この「生まれ育った場所ではなくとも、長く住み続けた場所も第二の故郷になりうる」という意識は、大学進学や就職などのイベントをきっかけとして地方から都会へ移り住んだ人には広く共有されているのではないだろうか。引っ越してきた当初は不慣れで不親切に感じられる街であっても、住んでいるうちにいつしか愛おしい存在になっている。そんな心境への気づきが、まさに「僕の住む街さ 抜け道も知ったさ」という歌詞に表れているのだ。


「地方から都会(東京)への上京」を歌ったという点で比較しておきたい楽曲がある。クリスタルキング「大都会*5」と長渕剛「とんぼ」だ。
ポプコン出場歌手で九州出身という点は、クリスタルキング長渕剛、そしてチャゲ&飛鳥に共通している。
しかしながら「大都会」や「とんぼ」で歌われる「無機質で余所者に冷たい、愛憎入り乱れた」都会のイメージと、「東京」で歌われる街のイメージは全然異なっている。その理由はどこにあるのだろうか。

「大都会」や「とんぼ」は、地方から上京してきたばかりの若者の心境を歌った楽曲だ。都会に憧れつつもまだ染まり切れていない、生まれ育った故郷を引きずる若者。当然ながら都会で過ごしている時間は短い。
一方「東京」は、上京して40年近くが経ち還暦に差し掛かったASKAが作詞をしている。長い時間をかけて積み上げられてきた東京への愛情が歌詞に込められているというわけだ。

つまり、都会(東京)で過ごした時間の長短が、これらの楽曲で歌われる街のイメージの違いとして表れていると言えるだろう。


上の議論に関連してふと思い出したのが、mihimaru GTの4thアルバム「mihimarise」に収録されている「遠郷 〜tokyo〜 feat. 九州男」という楽曲だ。「遠郷」というタイトルには、「東京」と「遠く離れた故郷」の2つの意味が込められており、楽曲の世界観も「大都会」や「とんぼ」と相通じる部分がある。
指摘しておきたいのが、長崎出身の九州男もこの楽曲に関わっているという点だ。これら3曲を見てみると、「若くして上京した九州地方の出身者が都会(東京)に対して抱くアンビバレントな感情」という一連の図式が浮かび上がってくる。「北へ向かおうとする演歌」と同様に、ポピュラー楽曲における「地方(今回取り上げた3曲の場合は九州地方)出身の若者の上京物語」も、ある種の紋切り型な表現となっているのかもしれない。



「第二の故郷・東京」のトポフィリア

これまで、ASKAの楽曲「東京」を、「具体的な東京の情景」と「第二の故郷と化した東京に対するイメージ」という2つの要素を切り口として解釈してきた。
この章では、これらの要素をまとめる「トポフィリア」という概念を紹介したい。

人文主義地理学者として著名なイーフー・トゥアンによって示された概念である「トポフィリア*6」は、「人と環境・場所との間に築かれた情緒的な結びつき」のことであり、日本語としては「場所愛」と訳すことができる。正直に言うと豊饒性の高さゆえに捉えどころが難しい概念でもあるのだが、「トポフィリア」を楽曲「東京」に援用してみたい。

上京したての頃のASKAは、東京に対する期待や反発心が混在したアンビバレントな感情や、福岡に対する郷愁の念を抱いていたことだろう。実際に、コンサートツアー「ASKA PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2018 -THE PRIDE-」において「FUKUOKA*7」という楽曲を歌う際のMCで、一時期の自分は故郷が福岡の人間だという意識を脱して積極的に東京の人間になろうとしていたと過去を振り返っていた。だが、長い年月を東京で過ごすことで「東京は第二の故郷」という意識が生まれ、その東京に対する場所愛―トポフィリア―が楽曲「東京」として結実したと考えられる。
ASKAにとっての東京という街は、ガラス張りのビルが立ち並んだ坂道の多い都会(物理的な環境)であり、かつての恋人を含めた幅広い人との繋がりを感じられる場所(情緒的な環境)でもある。物理的環境と情緒的環境は不可分であり、それらを統合する概念となりうるのがトポフィリアである。


以上、ASKAにとって「第二の故郷」と化した東京のイメージを、楽曲「東京」の歌詞を読み解くことによって辿ってみた。筆力不足ゆえに試みが成功しているかは不明だが、ポピュラー音楽と地理の関係性を読み解いていく上での一助になれば幸いである。



楽曲「東京」を味わう上で参考になるブログ記事

この記事は、下手に文章を連ねた割には論点が曖昧だったりぶれたりして、楽曲「東京」の魅力をいまいち伝えきることができなかった。以下に紹介する2つのブログ記事は、楽曲「東京」をさらに味わう上で参考になると思われる。


ameblo.jp
この記事をほとんど執筆し終えた後に気づいたのだが、上のブログ記事はこの記事内で伝えたかった内容(東京への場所愛、人との繋がりなど)をコンパクトかつ分かりやすく取り上げている。



https://kojinteki-niwa.com/ca/aalrv/aska-tokyo/kojinteki-niwa.com
上のブログ記事は、この記事ではあまり触れられなかったASKAの歌唱(艶のある高音)やサウンド面(チャゲアスで歌うことを意識したアレンジ)にも切り込んでいていて読みごたえがある。



この記事を読んであまり満足できなかった方は、上で紹介したブログ記事を是非読んでみてほしい。
「東京」という楽曲が一人でも多くの人のもとに届くように祈りつつ。



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*1:ASKAのソロ活動30周年を記念して発売されたベストアルバム「We are the Fellows」の収録楽曲はファン投票で選定された。「東京」は7位にランクイン。詳細については「We are the Fellows - Wikipedia」と「We are the Fellows.【追記】ソロ活動30周年記念ベストアルバム|BLOG|ASKA Official Web Site 「Fellows」」を参照。

*2:ASKAのかつての恋人については、「nobodybutyou.asia」のブログ記事を参照。2010年に発売されたASKAのセルフカバーアルバム「君の知らない君の歌」に収録されている楽曲の歌詞を丹念に読み解くことで、当時のASKAの恋を浮かび上がらせている。

*3:一例を挙げると、2018年11月から12月にかけて行われた「ASKA PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2018 -THE PRIDE-」のMCで、1984年にシブがき隊に提供された楽曲「MIDNIGHT 2 CALL」の制作時には中目黒に在住していたと発言している。

*4:坂道のコンクリート舗装とドーナツ型の窪みについては、「急坂のドーナツ形の凹みのワケ そもそもなぜ坂道はコンクリート舗装ばかりなのか | 乗りものニュース」の記事が参考になる。

*5:作詞を担当した一人である田中昌之によると、「大都会」は実際には福岡から東京への上京ではなく、長崎から見た福岡の街を歌った楽曲とのこと。

*6:トポフィリア」の詳細については、せりか書房ちくま学芸文庫で出版された『トポフィリア 人間と環境』を読んでいただきたい。ただし2018年現在、どちらも絶版状態で入手しにくい。

*7:楽曲「FUKUOKA」は「東京」と同様、アルバム「Too Many People」に収録されている。この楽曲と「東京」を対比して論じることで、ASKAが抱いている故郷のイメージを新たに掘り下げることができるかもしれない。