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たぶん大丈夫なブログ

しょうもない考察や雑記を述べていきます。

東西南北をどうやって把握するか? ――自然のランドマークを用いた場合

「東西南北をどうやって把握するか?」

そう聞かれたら何と答えるだろうか。

コンパス(方位磁針)を用いる、地図を参照しながら現在地点と照らし合わせる、太陽の出ている方角(影の伸びる方向)と時刻から導くなど、色々な答えがあるだろう。

その中でも今回は、自然のランドマーク(目印)に依拠して東西南北を把握することについて雑感を述べたい。


自然のランドマークとはどのようなものか?ここでは単純に、山地や平地、河川、湖沼、海といったものを指すことにする。

それら自然のランドマークに依拠して東西南北を把握するとはどういうことか? 例えば、山がある方角は北、海がある方角は南、という認知の仕方がそうだろう。あるランドマークの位置する方向が、特定の方角を示すものだとして認知するということである。

このような東西南北の把握方法は、その人が住んでいる(住んでいた)場所によって左右されるのではないか。最近、そんなことを考えている。


ここで自分の例を取り上げてみたい。自分は10年以上、瀬戸内海に面した山陽地方の某市に住んでいた(図1)。


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(図1)瀬戸内海に面した山陽地方尾道市から岡山市にかけての一帯。画像はGoogleEarthから取得。


(図1)を見てみると、沿岸部の各都市は、概ね北部に山地、南部に海、その間に平地が位置しているのが分かる。特に福山市倉敷市において顕著に見られる。

このような地理的環境において育ったせいか、いつしか自分の立つ地点が平地にあるとすると、山地がある方角は北、海がある方角は南という方角認識が身についていた。



そしてこの方角把握は他の地域にも適応されうる。例えば大阪平野の縁辺地域。
ひとえに大阪平野の縁辺地域と言っても色々あるので、ここでは北摂山系の山麓地域(宝塚市から高槻市にかけての一帯)と生駒山地山麓地域(四條畷市から柏原市にかけての一帯)の二つを取り上げよう。

北側に山が位置し、南側に海が位置するという方角把握を北摂山系の山麓地域に適応すると、概ね方角通りに当てはまることが分かる(図2)。


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(図2)大阪平野北部、北摂山系の山麓地域。宝塚市川西市池田市箕面市茨木市高槻市とその南部(伊丹市豊中市吹田市など)が該当。画像はGoogleEarthから取得。


北部には緑が生い茂る北摂山系(五月山箕面山など)が位置しており、その南側には平野が広がっている。そのさらに南側には海の代わりに河川(淀川など)が広がっているのだが(海は南西方向)、そうした細かいことを勘案しなくても方角把握を適応できるのがこの地域である。


では、生駒山地山麓の場合はどうだろうか。この場合は上手くいかない。南北方向に縦走する生駒山地は東側に、大阪平野と瀬戸内海は西側に位置しているからである(図3)。


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(図3)大阪平野東部、生駒山地山麓地域。四條畷市大東市東大阪市、八尾市、柏原市とその西部(門真市大阪市藤井寺市など)が該当。画像はGoogleEarthから取得。


なぜこのような事態が生じるのか。それは、「北側に山/南側に海」の方角把握の他にも、山(山地、山脈)というものは東西の方向に連なっているという思い込みの影響が考えられる。この状況を地図上で再現すると(図4)のようになる(図3を左回りに90度傾ける、つまり東が上方向になる)。


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(図4)生駒山地山麓地域を左回りに90度傾け、東が上を向くようにした図。中央上部における生駒山地が、(図2)における北摂山系のような位置付けになっていることが分かる。


自然のランドマークに依拠した方角認識は他の地域にも適応されたため、福岡市西部や山陰地方を旅行した際には方角がよく分からなくなる事態が発生した。これらの地域では北側には海が面しており、南側には山地が存在するため、瀬戸内海沿岸地域とは逆転するからである。
ただ、こうした地域では山地の連なり方が概ね東西方向であるため、海が北側で山が南側だと一度慣れてしまえば、後は方角把握しやすかった。



さて、ここからは先程までの議論とは少し異なった、別の事例も取り上げたい。海と太陽が近くに並んだときの関係、そこから導き出せる東西の方角について考えてみる(画像1)。


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(画像1)海と太陽の画像。Google画像検索で見つけた「MCN海と太陽」のブログから引用。


この写真の太陽は朝日だろうか?それとも夕日だろうか?

海と太陽という組み合わせを見た際に、昇って来る朝日のイメージを抱いた人は太平洋沿岸に住んでいる人が多いのではないだろうか?

逆に、夕日を連想した人は日本海沿岸、九州西海岸に縁のある人が多いのではないだろか?

当然、太陽は東から上っていき、西に沈む(「天才バカボン」のオープニングテーマでもあるまいし)。自分のいる位置から見て海の方角が東にある地域(大平洋沿岸地域)では、海と太陽が近くに存在するとき、まさに東から上ってくる朝日が連想されうる。反対に、自分のいる位置から見て海の方角が西にある地域(日本海沿岸地域、九州西部)では、西に沈まんとする夕日のイメージが想起されうる。


この事例は、ご来光を撮影しようとした撮影班が間違って日本海に来てしまい夕日を拝むしかなかった、という話をいつかどこかで聞いたことがあったので持ち出してみた。これも東京に集中しているメディアの偏見の一つとして挙げることができるのかもしれない。

ちなみに、(画像1)に写されている太陽は夕日である。つまり、この写真の方角は概ね西ということになる(撮影場所はブログ本文中の記述より恐らく九州西海岸、写っている海は東シナ海だろう)。


このような議論は、メンタルマップや場所のイメージなどといった人文主義地理学的問題と関連しているのではないかと思う(不勉強なので下手に紹介するわけにもいかない。この辺りの内容もサラリと説明できれば示しがつくのだろうが……)。

ただこれで締めくくるとお後がよろしくないので、前回の記事(「ジョジョ地理問題」から見る大学入試 - たぶん大丈夫なブログ)で取り上げた、内田順文教授が研究しているテーマをそのまま紹介してみよう(下記は内田先生のプロフィール紹介ウェブページから引用)。

例えば「渋谷」や「金沢」や「スイス」という地名を聞いたときに、何か思い浮かぶものがあると思います。それが地理的イメージです。しかも、それはおそらく「北千住」や「川崎」や「バングラデシュ」について思ったときの内容とは違っているのではありませんか?実際、我々は日常生活の中で気付かぬ間に、ある場所に対してある決まったイメージを持つようになっているので、「吉野」は今も桜の名所であり、「田園調布」と名がつけばマンションの値段が上がり、「つくばみらい」のような新市名が誕生し、演歌の主人公は「北」へ向かう、などといった色々な現象が起こります。


これを今回の記事でこねくり回した議論に当てはめれば、「渋谷」「スイス」といった地名に対応するのが自然のランドマークとなり、その地名から想起されるイメージと対応するのが人々の思い描く東西南北のイメージ、ということになる。

これを本格的な研究として深めるなら、多くの人から聞き取り調査を実施して、住んでいる/いた(縁の深い)地域と方角把握の相関関係を求めてみるのも面白いかもしれない。実際、海と太陽の事例では可能性は高そうだが、果たして……。


一口に「地理」と言っても、多種多様な切り口が存在する。その中でも上記の内容はあまり馴染みのない例ではないだろうか。

結びの言葉に代えて。ひょっとしたら今回の記事のテーマに関連した先行研究もあるのかもしれない。もし知っているという方がいらっしゃいましたら、ご一報下さい(どこまでも他力本願)。




【2016年6月7日 追記】
大阪平野を90度回転させた(図4)を追加した。